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おんぼろ商人さん(4)
2019/01/07(Mon)
 オリーブ経由で客人と連絡をとっておいたヒカミは、フクベとシュンカの二人ともダイロウシティの港で落ち合うことができた。
「私はフクベ、よろしく」
「シュンカよ、よろしくね」
「ツキだよ、よろしくねえ」
「私はヒカミ、こちらこそよろしく。お話はオリーブから聞いてるよ。独断で待ち合わせ場所をダイロウに決めてしまったけど、サクハの紋様のことならこの町が一番刺激になるでしょう。ゆっくり軽食でもとりながらお話しましょうよ」
 ダイロウシティは、古代のその前、神話時代からアフカスの民の町であり、その名は彼らがアフカス信仰で結束する前の名前「ダイロびと」に由来する。移民による支配が進んでからも、民の大半はこの町に残り、古都としての様相を色濃く残している。
「ボクも来るのは久しぶりなんだよねー」
「ツキ。来たことあったの?」
「商人だもん。デイジやトリカは頑なに行きたがらなかったけどね」
「世界は旅してるのに?」
「そうそう」
 ヒカミがツキと話をしていると、ツキはよくデイジという男性、トリカという女性の話をした。二人ともツキより歳下で、今は強くなるため、そして砂の民の失われた信仰を復活させるために、外国へ旅に出ているらしい。
 レストランでは海苔の佃煮付のご飯とバーニャカウダを注文し、シェアをして自然とサクハ、シエロ折衷のテーブルとなった。シエロ料理は世界的に人気があるから、サクハの店でも多種を取り扱っている。フクベもシュンカも、蒸籠に入ったご飯が甘い餅米であるとは思わなかったのだろう、一口とると口を窄めたが、佃煮との組み合わせは気に入ったようだった。ツキの希望で注文したエビマヨも場の全員が好んだ。
 研究やジムの近況を話し合ったところで、ヒカミが布を取り出し、本題に切り出した。
「私やツキが持ってる紋様付き製品は大体持ってきたけど。この中でピンとくるものある?」
 ヒカミはテーブルに模様を並べる。暗めに抑えられた照明の下でも、ビビッドトーン中心のそれらは強い存在感があった。フクベとシュンカは順々に手を取り、最後に端に置かれた布に注目し、照明に当てた。
「この模様、見覚えが」
 その模様は、ヒカミにとっても馴染み深い模様だった。アイボリー地にドットライン柄と赤い花を模した柄の、近頃はカーテンの柄として人気が高い。
「へえ? それは私の地元、北サクハ……伝統的にはサクハでない地域の模様だよ。どこで見覚えが?」
「実はこれなんだが」
 フクベが取り出したのは、フウカツ大聖堂のパンフレットだった。総ての道はソウコウに通ず、と云われるほどに歴史、文化的役割を果たしてきたシエロ地方ソウコウシティにある聖堂では、宗教行事以外に収集品の展示をも行っていることは、ヒカミも知っていた。
「フウカツなら知ってるよ、あそこだけシエロから独立してるんだっけー? 砂の民もそうなる道ある?」
「そうなるなら、それこそ行政が進めてる観光で食べてくしかないんじゃない」
 そんなぁー、と言うツキも、フクベが話を続けると耳を傾けた。
「展示で見た「ジェントルハート」という布の柄に似ている気がして……」
「なるほどね……んん?」
 パンフレット掲載の写真を凝視して、ヒカミが言った。
「これ大発見じゃない?」
 パンフレットと布を並べてヒカミが言うと、少しボリュームを上げてしまっていたのか、店内の客何人かが振り向いた。ヒカミは慌てて物を置き、トーンを落とす。
「……でも、この話進めていいの? シエロ人的に」
「シエロ人的に、というと?」
「九十年ぐらい前から持ち上がってるけど、立ち消えになった話。ラファファとララ、シエロの女神とサクハの文化英雄の同一人物説」
 シエロ人として、聞き慣れた名前と聞き慣れない名前を同時に言われたフクベとシュンカは首を傾げた。
「お恥ずかしながら、ララというのが誰なのか……お前は知ってるか?」
「私も何も」
 二人揃って困ったような視線を向けるフクベとシュンカを見て、ヒカミはタブレットの画面を見せた。
「一度オリーブとそのことについて話したことがあったの。ログ見ながら話してくね。ラファファはシエロの伝説に出てくる女神。これはお二人もご存知のことと思う」
 フクベとシュンカは頷いた。
「そして、ララは古アフカス朝の書物に出てくる教師カリバの話で出てくる医者。基本的にはアフカスの民から信仰を集める人物だけど、ツキも知ってる?」
「全部は知らないけど、金運上昇と帝王切開手術成功を司ると信じられてるよね? アフカスの民の歴史人物としては、砂の民に一番良く知られてる人じゃないかな」
「そう。ララは薄い髪色に赤い目、小麦色の肌で描かれることが多いから、砂の民も親しみやすい見た目なんだよね。では、なぜ突然女神と医者の話を持ち出したか」
 一度疑問形で投げかけ、ヒカミは聞き手三人を順に見た。興味を持って聞いてくれていることを確認すると、話を続ける。
「ラファファとララは、「癒す」という点で共通している。名前もなんとなく似ている。……ヒーリングブランキーって聞いたことない?」
「ヒーリングブランキー! まさに、サクハに行こうとした理由だ」
 フクベはパンフレットの該当ページを開いた。
「そう。その掛け布団のこともサクハの伝説で少しだけ触れられている。今から九十年ほど前にラファファとララは同一人物ではないかと考えた女性がいた。カロス出身のメリル・ラエネックね。サクハを探検し、シエロとサクハの紋様に類似性を見出した彼女は、自説を当時の列強に広く紹介したんだけど、当時のシエロ知識人によってラファファとララの同一人物説は否定された」
 説明しながら、タブレットで画像を開き示す。シエロで描かれた女神ラファファの絵と、サクハで描かれた医者ララの絵は、絵柄も人種も異なるが、緑がかった水色の髪と赤い瞳は共通していた。
「これがララね? 確かにパーツは似てるけど。背景に描かれている床の高い建物はお家かしら? 随分簡素だから、確かにラファファの描かれ方とは違うけど」
「それお家じゃなくて穀物庫なの」
「穀物庫?」
 シュンカに指摘された箇所を、ヒカミはスワイプで拡大する。背景には確かに高床式の建物が描かれているということを、場の全員が確認した。
「確かにラエネックの説は説得力がある。ソウコウを中心に発展してきたシエロ史の栄華を裏付ける証拠ともなる。だけど、当時のシエロ知識人は同一人物説を否定しなければならない理由があった。それがこの穀物庫。さっきのツキの話を思い出して欲しいんだけど、この地方でララは何を司ると言われてる?」
「金運上昇と、帝王切開手術の成功」
「ご名答。つまりララはケチなのよ」
 フクベとシュンカが訝しそうに沈黙する中、ツキだけはげらげら笑い出した。
「そうだよねー! 昔話なのに、儲けがどうの、商売がどうの言って!」
「教師カリバの話として出てくるララは、その……お金のことは細かい。このお陰でアフカスの民は貯蓄を肯定され、お金稼ぎや穀物の貯蔵を非難されることもなく、豊かになった。砂の民の商人たちにもララは人気だった。……だけど、シエロの人からしたら、まさか女神ラファファがケチなわけないじゃない?」
「確かに……な!」
 ジェスチャーを交えて言うと、フクベとシュンカも笑い出した。
「ラエネックの説が提唱された当時のサクハはカロス地方の東部植民地であったから、カロスを介さず何かを発信する機会もなかった。それからの歴史はご存知の通り。ニホンのニシノモリ教授がモンスターボールの原型を作ったのち、世界情勢もあってポケモン研究は一度廃れた。それからは博士……オーキド・ユキナリの登場を待つこととなる。あとサクハ人として付け足すなら、重心が東洋に移ったことはサクハ独立の遠因ともなった、とも考えてる」
 ただし、とヒカミは指を立てた。
「アフカス伝説はサクハの地形と結び付けられた信仰であるから、その信仰をベースにサクハを統一したことは、方法としては確かに良かった。でも、アフカスの民の信仰だけが権威付けされてしまうと、マイノリティが黙ってるわけなかったのね。教師カリバ、彼の英雄性も。ララと同じく、シエロの話にも似た名前がなかったかい?」
「……魔法の染物屋カリベル。Caliberでスペルが同じだな。服飾系の仕事をしてるなら、まず知らない人はいない」
 フクベが言った。
「そう、カリベルね」
「『カリベルと魔法の染物』、シエロでは人気の物語だわ。子供のカリベルが主人公の絵本もあれば、もう少し年齢を上げた大人向けの読み物もある」
 シュンカが言った。並べられた布を指し示しながら続ける。
「作品によって、作る染物も違うのよね。多くはシエロで親しみ深いポケモンのデザインを作ってる。ピジョンとか、ネイティオとかね。だけど、オチはどの版も同じ。疲れていた人やポケモンを、ヒーリングブランキーで癒しました」
「物語の微妙な差異はシュンカさんやフクベさんのほうが知ってそうだね。私もオリーブと情報交換しながら、ラエネックのラファファ=ララ説に加え、カリバ=カリベル説を立てた。教師と染物屋、共通点がないようだけど、一方で」
「バトルフロンティアのパレスエリート、バンジローの纏う紋様はカリバ作のものであるという伝承がある」
 頭上から女性の声がして、四人は振り向いた。そこには、茶髪のすらりとした体型の女性と、ロングヘアの少女がいた。二人とも眼鏡をかけている。
「先程から、なに面白い話をされてるんですか。誘ってくださいよ」
「エデル!」
「いかにも、私はエデルです。春休みの時は大抵サクハにいるので、最近はクララさんとここに入り浸ることも多くって」
「シラミツ島のクララです。サクハ本土の伝説に興味があって」
 この場では唯一の十代たるクララは、少し上ずった声で自己紹介した。
「シラミツ島の祭司の娘さんということもあって、色々詳しい方なの。……時に、そちらにいらっしゃるのは、ジョルナリーのフクベさんとシュンカさんではなくて?」
「まあ」
「知っていてくれたのかい? 光栄だよ」
「ジムリーダーもされているお二人ですから。特にアウターの形が好きでよく着ているんです。でもサクハに移ってからはTシャツやアームカバーも買うようになりましたわ」
 エデルが右手を差し出すと、フクベ、続いてシュンカも握手に応えた。
 四人と二人が話しているのを見て気を利かせたショップスタッフは、テーブルを繋げてくれた。改めて料理を運び、エデルとクララも輪に入る。
「バンジロー。私の部下でもあります。酋長の末裔である彼の纏う模様は、また宗教画のカリバがよく纏っている模様と類似しているのです。今なら画像検索で一発ですね。これまでは王族の教師だから同じ模様を纏っているのだと考えられてきましたが、それなら他の側近も纏っているはずである。……それに、先程皆様が話されていた内容が本当なのだとしたら、カリバは教師である前に染物屋であるということになり、この話に一貫性が生まれますね」
「ケチなラファファ、染物屋というごく普通の生業をもっていたカリバ……どうやら、各地方での伝えられ方も似ていたようだね?」
 悟ったように、フクベが口角を上げる。権威付けによってそぎ落とされた庶民としての側面が別の地方で発見される。まさに「全ての道はソウコウに通ず」と言いたいところではあるが――
「それでも、不可解な面は多い。サクハ伝来とシエロで伝えられるヒーリングブランキーだけど、サクハでそれが発見された例はない。サクハの伝説では、カリバは五十になった時にシルクロードに出て、医者ラファファと再会し百二十まで生きたとあるけど……」

 本当に、道はソウコウまで続いていたのか?

 そして、今また繋ぐことはできるのか。



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