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おんぼろ商人さん(3)
2019/01/04(Fri)
 二つの集落にコミュニティが分断され、かつ今までIT化が全くなされていなかったのが砂の民の居住地なのだ、統一的に整備する際にあまり障害はないということはヒカミにも理解できる。
 ツキが市で食料品を買うとき、決済はいつでも携帯端末だ。見たこともないアイコンのアプリを開き、料金を支払っていた。
「クオンズペイだよー。ソルガルって人が作ったの。ヒカミもアプリ入れたらどう? もう伝統とかそういう部分は観察したでしょ」
「……まあそれも参与観察か」
 時代は変わる。少数民族と呼ばれる人々もテクノロジーを受け入れる現場だ。携帯端末からWi-Fi設定を開き、「Zolgal_Free」というSSIDを見る。行政は行政で、クオン遺跡の観光客向けに、一帯でフリーWi-Fiを提供しているのだが、砂の民たち、言い換えれば「クオンタウンの住民たち」は、開発者の顔が見えるソルガルフリーに、より安心感と親近感を覚えている。
「開発者は名前のままソルガルって人だよ。あとで会いに行こうか」
 ソルガルフリーをタップすると、アカウントの作成画面が出たので、それも指示に従い、長らくモバイルネットワークすら消していたヒカミの端末は、久しぶりに外の世界へと繋がった。通知音が同時多発的に鳴ると、人気者だね、とツキが言った。ツキが案内してくれるというので、ヒカミは一旦通知を見るのをやめ、二人でソルガルの事務所へ向かった。
「話には聞いてたけど、本当に一緒に行動してるんだな?」
「そだよ。丁度あいてぃーの話になって、じゃあ会っておこうと」
「ヒカミです、よろしく」
「俺はソルガル。クオンタウンのITのことなら俺に訊いてくれ」
 ソルガルはほんの少し緑がかった銀髪に、砂の民にしては赤みの少ない肌をしていた。聞けば、祖母が天の民なのだという。
「確かに紙面上では砂の民居留地のIT化状況を見たことはあるけど、フリーWi-Fiに電子マネーは驚いたわ」
「当たり前だろう! ATMも設置しないのならばこちらにも考えがある。砂の民が野蛮ーだなんて、俺の前で言ってみろ。現金を引き出す行為こそが前時代的だと言ってやるよ」
 気分が高まり、少し下がった眼鏡の位置を戻す。ツキが彼を宥めているのを見ると、いつものことらしい。しかし、その過激さがあるからこそ、ソルガルはこの深刻な問題に真っ向から向き合えたのだろう。
 政府にとってはクオン遺跡、砂の民にとってはクオンタウン。サクハ統一から十年と少し、この「ねじれ問題」は長期に渡り問題となっていた。敷地内にポケモンセンターや銀行のATMの設置を求める運動はあったのだが、行政がいっこうに頷かないのを見て、砂の民はキャッシュレスの方向に動いた。今では子供のクオンズペイに親のクレジットカードからチャージが出来るし、現金やATMが無くて困ることもない。
 その基礎から管理までを行ったのが、目の前にいるソルガルだ。
「クレジットカードはあるんだろ? アプリを入れたらクオンズペイも使えるようになるぞ」
 ソルガルに言われ端末を出すと、画面には大量の通知。そうだ、忘れていた、とヒカミは通知を一件一件確認し始めた。ほとんどは取り留めもないものだったが、新着メッセージの差出人を見て、数度瞬きする。
 シエロ地方のオリーブ。コクウ大学で教鞭をとる歴史学者で、何度か交流のあった男だ。
 読めば、シエロ地方の有名アパレルブランド「ジョルナリー」を展開する二人が、サクハ地方へ旅行をすることとなり、ヒカミにも彼らと会って話してほしいとのこと。そして、オリーブ本人としても、サクハ地方の伝統模様をもう少し収集したいという意志があるとのことが書かれていた。
「へえ」
「何かあったの?」
 黙って読んでいたヒカミに、ツキが詳細を促す。ソルガルも静かにヒカミのほうを見ていた。
「面白いことになりそう!」
 端末を握りしめて言うと、ツキはさも意外そうな目でヒカミを見た。それはそうだ、参与観察をはじめてこれまでヒカミは冷静さを保っていたのだから。
「面白いこと?」
「アフカスの民中心の歴史観を見直す運動。砂の民なら知ってるでしょ」
「ああ」
 先に反応したのはソルガルのほうだった。
「砂の民、天の民、北サクハ系……少数民族が中心になってやってるあれか。俺はそっち方面は疎いからわからないが……」
「それそれ。では、その運動の遠因となった物語は、どの地方で生まれたものでしょうか」
 ツキとソルガルは顔を見合わせた。ヒカミは人差し指を立てて言う。
「答えはシエロ地方です。シルクロードを介した繋がり、それにより残された、極めて似た箇所のある物語。新たな視点は、いつも別の場所からもたらされる。それはサクハの外から……かもしれない」
「興味あるな。俺はサーバーの管理があるから、ツキ、話聞いてこいよ」
「えーっボクが?」
 ソルガルに指名され、ツキは焦りを見せる。彼は古い交易路をよく知り、今も一部を使っているが、どうやら学問的な裏付けがあるわけではないらしい、ということはヒカミも悟っていた。
「このムーブメントの参与者は多ければ多いほどいい。私が砂の民を観察しながら、ツキは歴史を観察すればいいよ。前にご先祖様の参与観察をするって言ってたでしょ。それに……」
 一度言葉を切り、ツキに耳打ちする。
「商売で取り扱ってる伝統模様製品の価値が上がるかもしれないよ」
「……わかった、ボクも行こう!」
 その単純さに、ソルガルはひとつため息をついた。しかし口角は上がっている。
 メッセージによれば、ジョルナリーを展開するシエロ地方ジムリーダー、フクベとシュンカの到着は二日後だ。なるだけ早い段階で接触できると良いだろう。実家の資料を取りに行きたいが、実家に戻ってもいられない。
「じゃあどうするの」
「砂地だなんて書きやすい場所よねー、その分消えないようにしなきゃいけないけど」
 表に出て、ヒカミは言った。ツキは顔をしかめるばかりだが、ヒカミにはすべて整合性がとれている。
「久しぶりねファイアロー、今回も頼むよー」
 分厚い本を片手に、まず枝で砂地に大きな円を描き、その中に記号や古い表意文字を書いていく。風が吹く前にさっと仕上げると、結果として魔法陣と呼べるようになったそれは鈍く輝き、上空にがたいの良い鳥ポケモンが飛来した。
「えーと、あのポケモン、なんだっけ!」
「ファイアロー。サクハ地方だと北部にだけ生息する鳥ポケモンだな」
 ファイアローはヒカミの姿を確認すると、布を落とす。うちほとんどはヒカミがキャッチするが、風に煽られてしまったぶんはツキとソルガルが取った。
「いつもありがとねー」
 手を振ると、ファイアローは頷き、去って行った。
「今の何」
「人の書いた文字を理解できるポケモンがいた。視覚情報によるポケモンへの意思伝達のできる人間がいた。昔は人間もポケモンも同じだったから普通のことだった」
「いや絶対違うだろ」
「まあ半分冗談だけど。ポケモンバトルとして「わざ」が研究される前に、ある地域でちょーっとだけ行われてた意思疎通を、野生のファイアローにしてるだけ。あの子はよく動いてくれて助かるわあ」
 本を閉じても、ツキとソルガルは少し距離を空けて黙っていたが、布を回収するそぶりを見せると、すぐに渡してくれた。



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