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グローマの話を練ろうの会(5)
2018/11/05(Mon)
 なんとなく自分に重なる。
 本当は砂地に帰った時のことを考えて、そんな場所でも生活しやすいであろう炎タイプのメラチラを選ぶつもりだった。しかし、水タイプのシュプワンに決めたのは、博士がこの種をボトルシップポケモンと解説したからだ。
 実兄のように慕ったカクタという男に会いにホウエン地方へ行ったとき、海の家で休暇を楽しむ船乗りたちが興じていたのがボトルシップ作りだった。きけば、ボトルシップは元来船の積み荷の残りで作られたものだという。
 船の積み荷。
 デイジはもともと、砂の民として力を蓄え、故郷たるサクハ地方クオン遺跡に自部族の伝統を復活させることを目的に旅に出た。長い時間をともに過ごした、友人のトリカと情報を共有しながら。
 それが――ミタマ地方でサミナと出会い、フウ、クラウ、アリスらミタマ地方のジムリーダーと戦い、ここコクリン地方では砂の民グローマと砂の民以前の信仰で心を通わせ、ミズチやフラン博士の思想に触れ、今は隣にシュプワンがいる。
 知らず知らずのうち、与えられたものも多かった。ボトルシップポケモンと聞いた時、自分の旅路もそういうものに例えられるのではないかと思ったのだ。
 ふと、湖が見えた。黙って歩いていたシュプワンは目を輝かせ、行っても良いかと訊くようにデイジを振り返った。デイジは歩みを早めて肯定する。
 大都会カネナリシティに程近い湖でありながら、空の色と森の色を映しだしたようなエメラルド色の湖だった。
 そよ風がデイジの腰布を揺らす。シュプワンのボトルシップを模した尻尾がからから鳴る。不意に訪れた、何もかも忘れて自然に身を預けられる時間。
 しかしデイジは思い出す。グローマに手持ちのポケモンについて訊いたとき、サニーゴとはカネナリシティの北東部に広がるサンゴ礁で出会ったのだと。
 人工衛星からも捉えられるほどの広大なサンゴ礁地帯は、元来コクリンの住民が自然を大切にしてきたことの表れだろう、とデイジは考えていた。サクハ地方では、移民が流入し発展した代償として、光公害などの人災に悩まされた街もある。デイジは砂の民の居住地を奪い肥沃な土地を支配し続けたアフカスの民を嫌い、彼らの住処に移民が植民することを是と思っていたが、それにしても自然が失われることは悲しく思う。
 グローマの話では、成人したカミヨリの民は要らないと判断したものを捨てる儀式があるという。その時はそうでも、その後の人生において持たざる生活をするのだから、過度に自然が破壊されることがなかったのではないか。
 ミズチは改革を急ぐ人間であったが、彼らカミヨリの民の、自然と共生する精神は、どうか継承されてほしいものだと、デイジは静かに思った。

 夕刻にたどり着いたカネナリシティは、輝きをたたえた都市だった。
 移民中心の街というだけあって栄えている。カジノや劇場のネオンサインが煌々と輝いており、いつか人工衛星が撮影した世界地図でのコクリンは、東海岸のみ輪郭が光で浮かんでいたことを思い出す。
「もうすぐっ! オウルのステージ始まるよ!」
「行かなきゃ!」
 目の前を着飾った少女たちが駆けていく。鞄にはラッキーやオオタチのストラップや缶バッジの他に、オウルと書かれたロゴマークの添えられた青年の写真入りグッズがつけられている。その様子からデイジもなんとなく察する。アイドルという文化はサクハ地方にはないが、ホウエン地方にいた頃はよく見かけていた。
「はーい! 今夜もフリーライブに来てくれてありがとー! 最後までめいっぱい楽しんでいってねー!」
 銀髪に赤い目の、なんとなく砂の民の特徴に似ているものの白い肌に整った顔立ちの青年――彼こそがオウルだろう――が煽ると、女性ファンの黄色い歓声はもちろんのこと、男性や年配者からも声が上がる。中には強いポケモンを連れた層もあり、何かあるのかとデイジは見物することにした。

 進むノーマライゼーション
 それでも貫けマイミッション
 キミと僕とで恋愛しよう
 気持ち伝わればナイトショー

 マイミッション! ナイトショー! とファンはコールする。どうやら変革するコクリンで普通に生きる男女のラブソングであるらしい。
 オウルのダンスもステージを存分に使ってのものだったが、一緒に踊るオオタチとラッキーも軽快なリズムに乗っていた。ファンも熱を上げ、それで更にオウルが煽り、周囲は一体化していく。気づけばデイジも、知らない曲ながら片手を挙げてリズムを取るぐらいのことはしていた。
「ありがとーうっ! というわけで、ここから本番……ってみんなもいるだろうね?」
 オウルがマイクを向けると、うおおおと野太い声が多く拾われた。これから何があるのかと、デイジは注目を続ける。
「オウルのジムバトルタイム!」
 言うと照明が切り替わり、スタッフらしき人物がオオタチとラッキーに水筒を渡した。
「なっ……」
 ジムリーダーだったのか、とデイジは思わず口にしてしまった。隣で見ていたファンらしき女性がデイジに解説する。
「あら、あなたは初めて? オウルはコクリン地方のアイドルで、ジムリーダーでもあるの。コクリンはリーグが発足したばかりでまだまだ挑戦者が少ないから、売れてからもこうしてフリーライブと公開ジムバトルを定期的にやって、宣伝してるのよ」
 お陰でジム挑戦トレーナー率が最も高いのがこの街の誇り、と彼女は結んだ。
「今日の挑戦者はー、そうだなー、うーん、もっと高く手ぇ挙げてー」
 トレーナーたちが手を挙げる中、す、とデイジも挙手した。
「あ、じゃあ君にしようかな! そこの君、なんか俺に似てない?」
 指名され、デイジは驚いた。似てるなんてー、という野次も聞こえたが、スタッフに促されデイジがステージに立つと、それは色素のことだと観衆は納得の声をあげた。
 ステージはバトルにも耐えるつくりのもので、マッピング技術によりラインが定められていた。
「それじゃ、出身地と名前を」
「サクハ地方、クオン遺跡の砂の民、デイジ」
 自分が誇りにしているからと、デイジは一切省略せず名乗った。
「えーっサクハ地方? 俺友達いるよ、イゲタニシティのラナン! それにそのチャーム、ミタマ地方のジムのだよね? しかもフウ……これも友達のとこじゃん! うわー偶然」
「挑戦者ー!」
「挑戦者頑張れー」
 オウルがトークを進めると、デイジにも応援のコールがつく。
「ちょっとちょっと俺のファンはー?」
「オウルー!」
「オウルくーん!」
「そうそう」
 そこでデイジは納得した。青年アイドルでありながら様々な層の観衆がいるのは、バトルファンが混じっているからだ。中には「挑戦者」と書かれた旗を振っている者もいるから、いつも挑戦者を応援するグループもあるのだろう。
「使用ポケモンは二体。ルール違反はペナルティ有り。まあデイジ……君なら大丈夫そうだね。それじゃ、楽しんでいこうか」



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