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グローマの話を練ろうの会(2)
2018/10/25(Thu)
 若い世代が文化の復興に東奔西走しているなんて、ここコクリンで過ごしてきたグローマには想像し難かった。
 聞けば、デイジとともに復興に動いているのは、同じく世界を回って力を蓄えている女性のトリカと、胡散臭いが交渉ごとが上手い商人のツキというらしいが、二人とも年齢は二十代であるという。
 彼らは、どうやら信仰が失われていることを恐れているらしい。
「なら、次は僕の話をしようか。ここコクリン地方のチャンピオン、ミズチ様はカミヨリの民のリーダーでもありながら移民の僕たちのことを本当によく考えてくれてる」
 そう前置きして、グローマはカミヨリの民と信仰の詳細を話し始めた。
「カミヨリの民はロンリギヌスという唯一絶対の神を信仰しているんだけど、この世界はそのポケモン、ロンリギヌスに捨てられた世界だと信じて、ロンリギヌスが今も治める世界に属することを目指す。成人の儀で不要なものを捨てることも含めて、典型的な悔い改める宗教といえるだろうね」
 もっとも、自分はロンリギヌスへの信仰心を抱いたことはないが。長いカミヨリの民体制の中、どうやら親や祖先は知恵を使ったらしい。即ち、外面的にはこの一神教に詳しくなり、信仰心があると示す。悪くない方法だ。しかし心は自由。

 ○

 ある日、デイジがグローマを訪ねると、グローマは大木の下で胡座をかき、親指と人差指を合わせて膝の上に置き、一言も話さないでいた。周囲は木のかさかさ鳴る音だけが響いている。
 その行為の何たるかに気がついたデイジは、グローマに向かい合い、同じ姿勢をとった。目を閉じ、体内の空気を一気に出す。
 そしてまた、新しい空気が鼻を膨らませる。それからは、自分のペースで。
 ヴィッパサナー瞑想。異国発の宗教、すなわちブッディズムによる、ひとつの修行のようなものである。しかしサクハ地方への伝来は二千年以上前であるため、ブッディズムの生活様式や考え方は、民族を問わず浸透している。
「何か別のことを考えているね」
 目を開けたグローマに言われ、デイジはぎくりとした。瞑想など久しぶりにしたものだから、雑念が混じっていたかもしれない。
「顔色を見ればわかる。リラックスできていない。瞑想は過去や未来と今を切り離す行いだ。今に集中しないと」
「ごもっともだ」
 互いに目を閉じ、呼吸に集中し直す。
 砂の民として生まれ、それなりの差別も受けたが、立ち上がり民の復活を決意した過去。同胞のツキやトリカ、そして帰郷してはくれなかったが連絡先を交換したサミナとも良い関係を築けたと思う。ならば未来は――
 そんな不安やはやる気持ちを、呼吸する際の身体の動きや周囲の音に集中することで切り離す。吸って、吐いて。今、ここ、デイジという男は一人だけ。

 二人とも二十分ほどはそうしていただろうか。軽くストレッチをして、いつものように語らい始めた。
「意外だったけど、確かに僕らの共通言語としては納得がいく。瞑想なんてぼーっとしてただけ、修行ではないといくらでも言い訳できるからね、この一神教への信仰にあつい地域でも、ひとつの習慣として保てたのだろう」
 もっとも、偶像崇拝なんてしたらすぐに糾弾されてしまうから、寺院とかはないけどね。グローマはそう補足した。
 砂の民の生活様式や儀式などほとんど失われている中、異国の地で砂の民の少年グローマとの共通言語は、もっと古い教えであった。しかし、その教えに関して、デイジはあることを知っている。
「……それも、伝来元の地ではほとんど失われてるけどな」
「不思議だよね。いや、意外と単純なのかもしれないね? 地味だし。修行は大変だし。まあ……一部の守護神や精霊は共通してるんだし、あの国としては問題にならないんだろう」
 一部の守護神や精霊は共通してる。
 デイジはその言葉に妙な引っ掛かりを覚えた。そして、ミタマ地方の図書館や博物館でものを見たときの感覚が蘇る。しかしまだ、答えは見えない。
「僕、気に入ったよ」
 グローマに言われ、デイジはまた「今」に引き戻される。
「なかなか面白い話ができた。帰る、と表現することは出来ないけど、サクハに行くことも考えるよ」
「ほっ……本当かそれは!」
 デイジの熱意とは裏腹に、グローマは冷静さを保つ。
「ただ、やり残したことがあるんだ。それが終わるまで待っていてくれないか。君もその間、コクリン地方を見て回るといい。巨大な一枚岩とかね、おすすめ」
「ああ……そういうことなら。やり残したことって?」

「幼馴染のアドにジムリーダーと挑戦者としての戦いを挑み、勝つことだよ」



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