ホーム > 掃溜 > 2018年12月 > 2018/12/09

 
ブリオニアの話を練ろうの会(3)
2018/12/09(Sun)
 上空からも石畳を確認できたメルヒェン一の都市シフシュロスは、デイジにはなんだか慌ただしい街のように思えた。ミタマのペンタシティやコクリンのカネナリシティも、忙しない人はいたものの、顔を見るだけで生き甲斐というかそういうものを持っていると感じられたのだが。
 何度か休憩をとりつつここまで飛んでくれたファイアローを、このままサクハの熱帯雨林に帰すわけにもいかない。一度回復させて、モンスターボールを買って連れ歩くことにファイアローが同意したので、デイジはまずポケモンセンターを目指すことにしたのだ……が。
 いくら石畳の道を歩いても、あの赤い屋根の建物が見当たらない。それどころか、標識すらも。
 このような大きな街なら、街中至るところにポケモンセンターへの標識があるはずなのだが。高層ビルに囲まれて立ち往生するしかないデイジに、それでも話しかけてくれる人はいた。
「どうされました?」
 捨てる神あれば拾う神あり……とはいえ信仰する「神」のことが今はほとんどわからないのだから、こうして旅を続けているわけではあるのだが。
 声の主は秋の葉のような髪色をした少女だった。赤みがかった目になんとなく安心感を覚える。彼女のそばを飛んでいたヒノヤコマは、デイジが口を開く前に、ファイアローと話し始めた。
「Fialo! 珍しいね。貴方のポケモン?」
「……いや」
 ポケモンの種族の呼び方が随分と違ったが、それ以外の言語はエイ語話者のデイジには理解できた。ヒカミにつけられた知恵を思い出しつつ、会話を続ける。
 デイジは、このファイアローでここに来たこと、ファイアローが野生であることと、探しているものを話した。
「ポケモンセンター? 何それ」
 デイジは絶句した。その土地の歴史や文化よりも、ポケモンセンターの有無のほうが大切じゃないか、ヒカミ!
 とここまでの手解きをしてくれた女性に内心文句を垂れつつ、ファイアローを回復させたい旨を少女に伝えた。
「ならクランケンハオスに預けたら元気にしてくれるよ。……あ、ヤコ、速いよ! ヤコについてけば大丈夫」
 言うが早いか、別れるタイミングを逃したデイジとファイアローは、フィラとヒノヤコマのヤコのあとについて行った。

 ある程度予想通りといったところか、ポケモンセンターよりも回復に時間がかかるようで、ファイアローを預けている間にモンスターボールを買いに行くことにした。
 道中で彼女はフィラと名乗った。曰く、不器用ながら、困っている人を見たら助けずにはいられない性分らしい。
「あ、あるじゃん」
 売り場にて、フィラはデイジの背後の棚を指した。
「え?」
 モンスターボールならば、すぐ気づくはず……と、デイジが振り返ると、そこに並んでいたのは灰色の球だった。
「え?」
「だから、モンスターボール」
 思わず二度同じ言葉を発したデイジに、フィラが続けた。
「探してたのモンスターボールだよね? あれ?」
「あ、ああ」
 フィラは本気でこの灰色の球体を指しているようだったので、デイジは陳列されたそれのうち一つを手に取った。そしてその重さに驚く。初めから重さを知ったうえで持つのなら問題はないが、普段使いのボールの倍以上の重さはある。
「モンスターボールってこういうのじゃないのか?」
 そして腰からボールを一つ取る。右手に灰色の球体を持っているから、輪をかけて軽く感じる。
「そのタイプのは見たことないな。貸して! こう使うの」
 フィラの解説によって、そのボールはゼンマイ式であるとわかった。そういえば、ツキが昔これに似たボールを仕入れていたような。今はどこに流れたのだろう。
 値段がいつものボールより安いのは有難い。野生のファイアローの一時退避場所として、デイジはその灰色のボールを選んだ。

 クランケンハオスという施設の利用が初めてであったためデイジには幾らかの不安もあったのだが、ファイアローはすっかり元気になって帰ってきた。
 道なりに進めば「商業さかえる迷宮街」ハーメルンに辿り着くことと、道中のセイレーンに至る分岐路の近くに旅籠があることをフィラから聞いて、デイジは旅路を急ぐこととしたのだが、結局フィラは街のゲートまで同行してくれた。
「面倒見の良さもここまで来たら才能じゃないかな」デイジが言った。
「ほんとに? 才能なんてはじめて言われたよ。何事もやってみなきゃわからないんだね」
 正直、デイジから見たフィラは、特別容姿に恵まれているわけではないし、別段頭が切れるわけでもない。それでもいつも前向きに事を考える彼女から、最果ての地方でいきなり躓いてしまったデイジは元気を貰えていた。
 ええと、こういう時はなんて言うのだっけ、とデイジはヒカミから教わった基本会話を思い出す。
「ダンケ、フィラ、ヤコ。旅はきついこともあるが楽しい。いつかお前らが遠出をするときに、お前らみたいに親切な人たちがきっと助けてくれるさ」
 果たして、デイジはフィラと別れ、整備されていない道を歩み始めた。一度振り返ると、豆粒ぐらいの大きさになったフィラは、まだ手を振ってくれていた。



- Tor News v1.43 -