勝ちたい。
これが、今のヒロトとアチャモの、共通した思いであった。
トレーナーの感情はポケモンに影響を及ぼすし、その逆も少なくない。
ついさっきだって、元気そうなアチャモを見て、ヒロトも元気になったというものだ。
だが、相手はどうか。
余裕のない表情をしたチャービルと、余裕のあるコノハナ。
互いに影響を及ぼすことが極めて少なく、それが逆にヒロトに恐怖を植えつけていた。
「もう“つつく”によるフェイントは効かないよ……コノハナは頭がいいからね」
「わかってますよ……アチャモ、どうする……?」
「そっちが来ないなら、こっちからいくよ。コノハナ、“めざめるパワー”」
「コーココッ!」
両手を強くたたき、それからアチャモに手のひらを向け、無数の小さな光線を放つ。
そのいくつかがぶつかると、光線は水となり、はじけた。
「水……!?」
「そうさ。どうもこのジムには、炎タイプで挑戦するトレーナーが多くてね」
アチャモは弱々しく倒れる。その姿を見て、ヒロトは顔面蒼白になった。
「ああ……アチャモ……」
「チャ、モ」
審判はアチャモを見るが、まだ戦闘不能とは判断されなかった。
「まだ、できるだろ……アチャモ……!」
「アッ……チャモー!!」
アチャモが強くうなると、アチャモの身体が白く光り始めた。
「これは、……進化!!」
それにはチャービルもさすがに驚く。
「アチャモ……じゃないな、」
アチャモは大きさが二倍以上になり、また目つきも鋭くなった。
新しい姿に、ポケモン図鑑が反応する。
――ワカシャモ、わかどりポケモン。得意技は“二度蹴り”――
「ワカシャモ!」
「シャアモ」
やや低くなった声で、ワカシャモは返事した。
挑戦者とジムリーダー、そしてポケモンたちが再び対峙する。
ワカシャモの鋭い眼光が、コノハナに、そしてチャービルに突き刺さる。
――次の一発で決める。
お互いにそう思っていた。
確かワカシャモの得意技は“二度蹴り”であると、図鑑が言っていた。
格闘タイプの技で、コノハナにも効果的なダメージを与えることができる。
それなら、それを使うしかないだろう。
「いくぞワカシャモ、一発で決めろ! “二度蹴り”!」
ワカシャモは走った。さっきより素早さも上昇している。
また、アチャモの頃よりも、走る時にある癖が出ていた。
思ったとおりだ、とヒロトは思った。
「跳べ!」
「シャモッ!」
「なるほど、上空からの蹴りだな、だけど言ったじゃないか、コノハナにフェイントは効かな……」
コノハナは上を向き、守りの体制を取る。その時だった。
ワカシャモの右足は、コノハナをとらえることはなかった。
「えっ」
それには、さすがにコノハナも戸惑う。
「左足……」
その後は、まさに一瞬であった。
右足をさっと動かし、その直後に左足で蹴る。
コノハナは下に強く叩きつけられた。
「コノハナ、戦闘不能。ワカシャモの勝ち! よって勝者、ハツガタウンのヒロト!」
その声を聞いて安心したのか、ワカシャモもその場にくずおれた。
「いやったー!! ワカシャモよくやったな! 勝ったぞー!」
なんとか呼吸を整えようとするワカシャモに、ヒロトが駆けつける。ほらナゾノクサも、とヒロトが呼ぶと、ナゾノクサもワカシャモに近づいた。
「どうして……」
チャービルが言う。
「セパタクローからヒントをもらったんです。上から思いっきりボールを蹴って敵陣に入れるっていうのを見て、バトルにも応用できないかと……。で、さっき“つつく”を指示したとき全力で走ったアチャモを見て、地面を蹴る強さが左足のほうが上だな、と思って。どうせコノハナならどちらかは止められるんだろうし、それなら脚力の強いほうで蹴るべきだと」
「どうして……」
「えっ、だから」
チャービルはヒロトに言ったのではなかったのか。コノハナを抱き、ひたすら下を向いて呟くチャービルを見て、ヒロトも戸惑う。
「数分すれば落ち着くだろう……一度、外に出てくれないか」
「えっ、……わかりました」
審判に言われ、ヒロトはヒウメジムを後にした。
ポケモンを回復させ、ポケモンセンターで一泊した朝。
ヒウメシティ北部、またしても都心から離れた郊外へ出た。
住宅地の先には砂地が広がる。地図には、“クオン遺跡”とだけ書かれていた。
ここを越えなければ、次の町カゲミには行けない。ヒロトがぐっと唾を呑みこむと、背後からさっき戦ったジムリーダーの声がした。
「おーい! バッジを受け取ってくれー!」
チャービルはバッジを投げ、よろける。ヒロトはなんとかバッジを受け取った。
「あ、あの! こういうこと言うのもなんなんですけど、僕が受け取れてなかったら、砂地に落ちてましたよ!」
「ああ、ごめん。まあいいじゃないか、受け取れたのなら結果オーライ!」
そのままチャービルはヒロトに近づいた。
「で、さっきのは……」
「……苦手なんだよ、「視線」が」
「はい……?」
えっ、この人アナウンサーですよね、バラエティ番組に出たりしてるんですよね、とヒロトは思う。
「どんな私も好きだ――と言い聞かせてはいるんだけど、バトルに負けた時の私は嫌いだ。普段はほんのちょっぴり脱力していても、バトルだけは完璧を目指してしまう……だから、普段はジムトレーナーにもバトルを見せない。負けた時の自分を見られたくはないからね」
「……そういうことでしたか。でも、チャービルさんとのバトル、本当に楽しかったですよ! ナゾノクサもちょっとだけはしゃいでたみたいだし」
「そうか」
「ああ、でも、嬉しいなー! やってもいいよね」
そう言って、ヒロトは回復したワカシャモを出す。
「シンゼスバッジゲット、またしてもサクセース!!」
「シャーモー!!」
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